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東京地方裁判所 平成8年(ワ)11786号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

土屋東一

岩﨑淳司

佐藤貴夫

五十嵐チカ

被告

石原俊介こと

石原俊

右訴訟代理人弁護士

戸谷豊

安養寺龍彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、別紙一記載の謝罪広告を現代産業情報の紙面に、別紙二記載の謝罪広告を朝日新聞、読売新聞及び毎日新聞の各紙面に、それぞれ別紙三記載の方法で一回ずつ掲載せよ。

二  被告は、原告に対し、金一〇五九万円及びこれに対する平成八年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の発行する会員制情報誌「現代産業情報」(以下「本誌」という。)に掲載された別紙四記載の記事(以下「本件記事」という。)の一部の記載により名誉を毀損されたと主張する原告が、被告に対し、不法行為に基づき謝罪広告の掲載及び損害賠償の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告

原告は、昭和三五年東京大学経済学部を卒業後、昭和三七年警察庁に入庁して、警察庁警備局理事官、長官官房調査官等を歴任した後、昭和五二年同庁を退官し、昭和五四年衆議院議員選挙に初出馬、初当選してから平成五年総選挙まで六期連続当選を果たし、平成六年運輸大臣に就任し、本訴提起時点において自由民主党組織広報本部長の職にある者である。

(二) 被告

被告は、現代産業研究所編集発行人石原俊介の名称で、本誌を東京を中心とする金融機関、証券会社等向けに月刊約三〇〇部発行している者である。

2  本件記事の掲載

被告は、本誌平成八年三月一五日号を発行し、その七頁において、「甲野氏は、ご存知のように警察庁出身ながら特別な筋との関係を捜査当局にマークされ」という記載(以下「本件問題部分」という。)を含む「自民党執行部弱体と梶山氏の真の力量!」と題する本件記事を掲載し、右同日ころ、本件記事を不特定多数の講読会員に閲覧させた。

二  争点

1  本件問題部分による名誉毀損の成否

(原告の主張)

(一)(1) 本件問題部分は、清廉潔白を旨とする政治家である原告と不特定多数の暴力団等の不法集団との間に現在交流関係があるかのような印象、更に右交流関係に関して原告にまつわる犯罪の嫌疑があるものとして原告が捜査機関から注目されているとの印象を一般の読者に与えるものであり、これによって原告の倫理性、衆議院議員としての適格性に重大な疑義が生じ、原告の政治家としての社会的評価は著しく低下した。

したがって、本件問題部分は、原告の名誉、信用を毀損する。

(2) 被告は、一〇年ほど前に起きたコスモポリタンをめぐる事件に基づいて本件問題部分を執筆したと主張するが、本件問題部分には、記事の根拠が右事件にあることは記載されていないから、本件問題部分を読んだ読者は、原告に現在進行している疑惑があるかのような印象を受けることとなり、この点からも本件問題部分は、原告の名誉を毀損する。

(二) 本件記事の本件問題部分は、真実に反するものであり、被告は、そのことを知りつつ、又はその真実性について何ら取材をすることなく、本件記事を掲載頒布した。

(被告の主張)

(一) 本件問題部分が原告の社会的評価を低下させるとの主張は争う。

イトマン事件やその発端となった雅叙園観光ホテル事件などの大型経済事件の中心人物ないし被告であるE(以下「E」という。)、K(以下「K」という。)及びI(以下「I」という。)らには暴力団等との密接な関係があるが、彼らと原告との間には異常な交友関係がある。この事実については、本誌が発行される前に他のマスメディアが報道しており、特に経済事件に関心のあると思われる本誌の読者は、右報道の事実を既に知っていたものと思われる。被告は、原告の右問題人物との交友関係を「捜査当局にマークされ」ていると記載したにすぎない。なお、コスモポリタン関係の事件は一〇年前の事件ではあるが、右事件は平成六年九月の衆議院においても改めて取り上げられたものである上、東京佐川急便事件関係では、T元社長に対する裁判が係属中であって、決して過去の事件ではない。

したがって、本件問題部分が原告の社会的評価を更に低下させることはない。仮に本件問題部分により原告の社会的評価の低下が認められたとしても、本件問題部分は、本件記事の論点の本筋ではなく、原告についての補足的な説明にすぎないこと等を考慮すれば、その程度は極めてわずかであり、被告の本件記事の執筆、掲載を違法かつ有責であるとすることは相当ではない。

(二) 真実性の抗弁

仮に本件問題部分が原告の社会的評価を低下させるとしても、本件問題部分は、原告と、株の仕手戦をしている広域暴力団○○組系暴力団の元組長らとの間に金銭授受を含む異常な交友関係があること、及びこのような関係について捜査当局が代議士と元暴力団との金銭がらみの接触として特別な関心をもっていることを次の事実に基づいて表現したものであるところ、本件記事の内容は真実であり、かつ公益に係る事実について公益を図る目的で執筆・発行したものであるから、被告の不法行為は成立しない。

(1) 原告は、広域暴力団○○組系E組の元組長で、仕手集団のコスモポリタン株式会社(以下「コスモポリタン」という。)の会長であったEが昭和六一年東海興業株を買い占めて筆頭株主となった際、東海興業側の依頼により仲介に入り、Eと交渉を行った。

Eの元側近は、平成六年一〇月マスコミに対し、昭和六二年一月ころ、都内のホテルで原告とEが会談した際、原告がEから現金五〇〇〇万円を受取ったこと、及びこれ以外にも原告がEから何回か資金提供を受けるのを見たことを語った。

(2) 原告は、コスモポリタンの仕手株による損失を被ったという知人の要請を受けたとして、Eと株の損失補填交渉を行い、昭和六三年二月ころ、相場価格より五割増し(一億六〇〇〇万円)の約五億円で問題の仕手株をコスモポリタンに引き取らせた。その後、コスモポリタンの破産管財人が、原告に対し、仮払金名目で支出されている右五億円の返還を求めたところ、原告は、うち一億五〇〇〇万円をコスモポリタンの破産管財人に返還した。

(3) 平成元年から平成三年にかけてコスモポリタンなどの暴力団系企業に対し巨額の融資をしたとの背任容疑に問われている東京佐川急便のT元社長らの刑事事件の中で、T元社長は、Eと原告が同道して東京佐川急便を訪れてきた時、コスモポリタンへの融資を求める話だと思って自分は席をはずし、S専務に対応させたとの主張をしている。

(4) 原告は、のちにイトマン事件において特別背任罪で起訴されることになるKと同人が組織した在日韓国人組織「大阪青年商工会」のパーティに出席するなどしたことがあり、Kとの間に交友がある。原告は、Kとの交友を通じてイトマンのY及び雅叙園観光ホテルのIと知り合い、交際を続けることになった。更に原告は、イトマンとKが計画した中国地方のリゾート開発事業に関する平成二年五月の説明会にK及びIとともに立会い、K及びIを地元の関係者に紹介するなどした。

(5) イトマン疑惑が報道され始めた平成二年ころ、Yが株価の維持と支配権の確立のためにイトマンの自己株式を購入していたころ、原告の秘書もまたイトマン株を三〇万株購入した。

(6) イトマンとこれに対し金融支援をしていた住友銀行との関係が壊れ、住友銀行がYとIを退任させようとした際、原告は、Yの依頼を受けて、同人らのために住友銀行側に話をしたことがある。

(7) 以上のとおり、原告は、その経済活動の基礎に暴力団との強い関係を持つEやKやIらと交際をしていた。

(三) 公正な論評の法理

論評記事によって論評の対象となった者が社会から受ける評価を低下させる場合であっても、①論評の前提をなす事実が、その主要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当の理由があること、②その目的が、公的活動とは無関係な単なる人身攻撃にあるのではなく、それが公益に関係づけられていること、③論評の対象が、公共の利害に関するか、又は、一般公衆の利害に関すること、の三要件を具備する場合には、その論評によって人の名誉を毀損しても論評者はその責任を問われるべきではない(「公正な論評の法理」)。

本件問題部分は、原告について補足的に説明した部分であり、本件記事の本筋の論点ではないことは明白であるから、仮に本件問題部分が事実記事であるとしても、本誌読者は、論評記事の一部乃至付加部分であると受け取ったものと思われる。

したがって、仮に本件問題部分が原告の社会的評価を低下させるとしても、本件記事は右の三要件を具備しているから、論評者である被告は、名誉毀損の責任を問われるべきではない。

2  原告の損害

(原告の主張)

本件記事の掲載は、原告の名誉、信用を毀損し、原告に対し多大な精神的苦痛を与えた。原告の右精神的苦痛に対する慰謝料としては金一〇〇〇万円が相当であり、また、原告の名誉回復措置として謝罪広告を掲載することが相当である。原告は、本訴提起のために、原告訴訟代理人らに対し弁護士費用として五九万円の支払を約した。

第三  当裁判所の判断

一  事実認定

前記争いのない事実、証拠(甲一、乙一の1、2、二ないし七、九ないし一二、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本誌について

(一) 本誌は、発行所を現代産業情報研究所、編集発行人を石原俊介こと被告として毎月二回発行されている会員制情報誌であり、昭和五四年に第一号が発行されて以来現在までに三三〇号をこえている。本誌の会員は、東京を中心とする金融機関、証券会社等の広報、秘書、総務の各部門、政官の一部、ジャーナリストなどである。原告の関連会社であるジェイ・エス・エスも本誌の会員である。

(二) 「財界展望」一九九七年三月号は、「捜査当局、できる広報マンが目を通す情報誌厳選50」と題する特集記事において、本誌が情報の早さ及び正確さの点で常に企業の総務担当者の人気情報誌に挙げられていること、本誌が新聞記者及び週刊誌記者が必ず目を通す情報誌に真っ先に挙げられていること、及び本誌において取り上げた問題を後日新聞や週刊誌が追うことが多いことなどを紹介している。

2  E及びコスモポリタンについて

(一) Eは、広域暴力団○○組系××組の傘下のE組の元組長であり、恐喝、傷害などの前科一一犯であり、懲役刑を受けたことが四回ある。Eは、昭和六二年五月、雅叙園観光ホテルの会長に就任し、昭和六三年二月同職を辞任し、その後、昭和六三年八月から行方不明となっている。

朝日新聞社会部は、「イトマン事件の深層」と題する書籍において、コスモポリタンを設立した後もEが現職の暴力団幹部であったと大阪地検が認定している旨報道した。

(二) コスモポリタンは、昭和六一年一月、Eによって設立された株式会社である。コスモポリタンは、京阪神地区等の不動産の地上げにより得た資金などを活動資金とする仕手集団として知られたが、昭和六三年一一月負債総額三〇〇〇億円、使途不明金七〇〇億円を抱えて倒産した。

3  Kについて

(一) Kは、在日韓国人であり、○○組系の若頭輔佐をしている△△組組長と親密な関係にある。Kは、東急建設を脅したとして恐喝未遂により逮捕されたほか、いわゆるイトマン事件において特別背任罪で逮捕起訴された。

(二) 報道機関は、Kが「日韓地下金脈の帝王」、「闇の世界のフィクサー」「地下金脈の大物」などと評されていることを報道した。

(三) 朝日新聞社会部は、「イトマン事件の深層」と題する書籍において、兵庫県警が東急建設事件において、Kを暴力団○○組系△△組の準構成員であると発表したこと、大阪地検が公判において、Kが暴力団関係者と広く交際していると述べたことを報道した。

4  原告とEらとの関係等

(一) 原告は、昭和六一年から昭和六二年ころ、Eとホテルで数回会った。

(二) 原告は、昭和六三年暮れころ、Kが顧問に就任した大阪青年商工会という在日韓国人組織の発足パーティに出席した。

(三) 平成二年五月、庄原市の信用金庫におけるイトマン及びKの計画に係るリゾート開発の説明会において、原告は、K及びIを地元の関係者である説明会の出席者に紹介した。

(四) 昭和六三年二月ころ、原告は、コスモポリタンから五億の支払を受けた。平成元年九月ころ、原告は、コスモポリタンの破産管財人に対し、約一億六〇〇〇万円を支払った。

(1) 原告の事務所は、右金銭授受の経緯について、以下のような説明をした。

Eから絶対に損はしないと勧められて株を購入したところ、昭和六二年一〇月の株価暴落により大損をしたとする原告の知人数名からEとの仲介を依頼された原告が、秘書のXを代理人をとしてEとの交渉に当たらせ、東証一部上場企業二社の株式約三八万株について買値を多少下回るが当時の時価より約一億六〇〇〇万円高い五億円でコスモポリタンに買い取らせ、その後、右X秘書が、議員会館の事務所においてコスモポリタンから額面二億五〇〇〇万円の約束手形二通を受取り、後に現金化して原告の知人らに配分した。平成元年七月下旬になってコスモポリタンの破産管財人から書面による問い合わせがあったため、原告が五億円の分配を受けた知人らから時価との差額分一億六〇〇〇万円を徴収してコスモポリタンの破産管財人に返還した。元警察官僚である原告は、相談を受けることが多く、右仲介もトラブル処理の一つとしてやったことであり、原告は右株取引に加わってもいないし、仲介の謝礼なども受け取っていない。

(2) これに対し、平成元年九月二二日記者会見したコスモポリタン破産管財人は、以下のような説明をした。

コスモポリタンの帳簿を整理した際、コスモポリタンが昭和六三年二月一日付けで仮払金名目で五億円を支出していることが判明したため、調査した結果、金額が株取引に関連している上、原告に対し仮払されていることが分かった。平成元年八月二六日付け書面で原告に問い合わせたことろ、原告から、右仮払金はコスモポリタンからの借入金であるが、借主は原告ではない旨の回答がされ、同年九月五日「エックス」名義で借入残金約一億六〇〇〇万円が送金された。

(3) 平成元年九月二二日付け朝日新聞朝刊及び同夕刊は、右(1)(2)の事実を報道した。

(4) 原告は、平成六年一〇月一一日、第一三一回国会衆議院予算委員会において、Eとは友人を通じて知り合ったこと、一七、八名ぐらいの友人らからEとの株取引に関する仲介を依頼されたため、Eに対し、元値は保証する、損はさせないといって株の購入を勧めた以上、その約束を守ったらどうかなどと話したこと、その結果コスモポリタンに五億で株を引き取らせ代金五億を原告名義の口座に振り込ませたこと、その後コスモポリタンの破産管財人から照会を受けた際、原告が交渉を依頼した友人らに対し照会を受けた事実を伝えたところ、知人らは弁護士に依頼してコスモポリタンの破産管財人と協議をしたことなどを供述した。

(五) 平成六年一〇月二一日付け中國新聞は、Eの四六歳の元側近が、同年一〇月二〇日、都内における共同通信の取材に対し、当時の業務日誌に基づき、コスモポリタンが東海興業株を買い占めたため、昭和六一年一二月三〇日、Eと東海興業に仲介を依頼された原告が京王プラザホテルの最上階で初めて会って昼食を共にしたこと、右会食の後、Eと元側近とが原告を「つかえる」政治家と判断し、「毒まんじゅう(現金)を食わせよう」という話をしたこと、昭和六二年一月九日赤坂プリンスホテルにおいてEが原告に対し、現金五〇〇〇万円を直接手渡したこと、右五〇〇〇万円は大阪から三井銀行新橋支店にあったコスモポリタンの関連会社の口座に振り込ませるなどして調達したこと、その際一千万円の束五つを手提げ袋に詰めてガムテープでふたをしたこと、元側近は国会における証人喚問に応じる用意があることなどを語ったこと、これに対し、原告の事務所が、Eとの金銭授受の事実を否定し、右授受の有無等についてはすべての段階について公的機関が調査をした結果問題ないとの結論に至った旨のコメントをしたことを報道した。

(六) 平成六年一一月四日付けフライデーは、Eの元側近Aが取材に対し、Eの行動を記したというノートに基づき、昭和六一年一二月三〇日に原告とEが京王プラザホテルにおいて初対面したこと、昭和六二年一月六日にも赤坂プリンスホテルで面会していること、同年一月九日昼前にEの命令によって元側近Aが三井銀行新橋支店において二〇〇〇万円を、同銀行本店において三〇〇〇万円をそれぞれコスモポリタンの口座から引き出して現金五〇〇〇万円を調達したこと、右五〇〇〇万円を一千万円の束五つにして普通の手提げ袋に入れ、Eとともに赤坂プリンスホテルに運び、同ホテル正面玄関付近においてEが五〇〇〇万円の入った手提げ袋を原告に渡したことなどを語り、さらに右金員の授受の目的について、Eが東海興業との和解工作を原告に依頼したことに関連する工作資金又は謝礼ではないかとの意見を述べたこと、この元側近の発言に対し、原告事務所が五〇〇〇万円の授受を否認するコメントをしたことを報道した。

(七) 平成九年七月二日付け朝日新聞は、「続々なにわ金融事件簿」と題する記事において、「同じころ(平成八年五月ころ)林氏は、自民党の運輸族の大物代議士を平河町の個人事務所でK氏から紹介された。この代議士は目の前のK氏を「おれの兄弟」と呼んだという。」と報道した。被告は、右記事を執筆した記者の上司から、記事にいう「大物代議士」は原告を指していることを聞いた。

二  争点に対する判断

1  争点1について

(一) 一般に、新聞、雑誌等における特定の記事の中の記述が、他人の社会的評価を低下させるものとして不法行為を構成するか否かは、単に記述の断片的な文言だけからではなく、当該記述の配置や本文全体の中での構成、前後の文脈、見出文の有無、活字の大きさ、当該記事の趣旨・目的等の諸般の事情を総合的に斟酌した上で、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、これによって一般の読者が当該記述から受ける印象及び認識に従って、判断する必要がある。

(二) 本件記事の全体的な構成を見るに、本件記事は「自民党執行部の弱体と梶山氏の真の力量!」という見出しを掲げ、本文においては最初に自民党の混迷ぶりには目を覆いたくなる等の執筆者の意見を述べ、それから梶山氏や原告を含む自民党執行部の面々数名の個人名を挙げてそれぞれの力量不足を指摘し、最後は自民党が自己崩壊に向かっているのかもしれないという執筆者の意見で結んでいる。本件記事の中で原告については「その山崎氏に代わって加藤幹事長の擁護に走り回っているのが、野中幹事長代理と甲野組織広報本部長だ。得意のマスコミ工作やら、自民党の不満分子の中曽根元総理対策を行っているようだが、この二人に党をまとめる力はない。」「甲野氏は、ご存じのように警察庁出身ながら特別な筋との関係を捜査当局にマークされ、いまはせいぜい企業の総務関係者を「自民か新進かはっきりさせろ」と脅かして回るぐらいの人物なのだ。」との記述がされているが、甲一によれば、全部で四九行からなる本件記事の本文のうち、本件問題部分は二行程度の記述であることが認められる。

すなわち、本件記事の趣旨・目的は、原告を誹謗中傷することにあるのではなく、まさにその見出しのとおり自民党執行部の弱体について論評すること、すなわち自民党執行部の面々がそれぞれ力量不足であり、その結果、自民党が求心力を失い、自己崩壊に向かっていることについて論評することにあることが認められ、さらに、本件問題部分は、自民党執行部の一員である原告に他の執行部の面々と同様に自民党をまとめる力がないことについての一つの例証の記載の中の一部分にすぎず、記述の分量自体が絶対的に小さいというだけでなく、その本件記事に占める割合は、内容的にも分量的にも従たるものにすぎないことが認められる。

(三) また、前記一認定によれば、暴力団の元組長であり、その後も暴力団とのつながりが強く噂されるEが原告に対し五〇〇〇万円の資金提供をしたことをEの元側近が語ったこと、右五〇〇〇万円の授受の件については、公的機関が調査した旨を原告側が述べたこと、Eが設立し、仕手集団として名を馳せたコスモポリタンから原告側に五億円もの大金が授受され、その後、原告がコスモポリタンに対し、約一億六〇〇〇円を返還したが、右授受の経緯についての説明が原告側とコスモポリタン破産管財人とで異なること、○○組系の若頭補佐をしている暴力団の組長と親密な関係にありイトマン事件において刑事責任を追及され「闇の世界のフィクサー」などと評されているKと原告が知人であり、Kが顧問をしている在日韓国人組織の発足パーティーに原告が出席したり、リゾート開発の説明会においてK及びIを原告が説明会の出席者に紹介したことなどについて報道機関が繰り返し報道していた事実が認められるところ、本件問題部分の中の「ご存じのように」との文言は、読点の位置等を考慮して解釈すると、「警察庁出身ながら」の部分のみならず「特別な筋との関係を捜査当局にマークされ」の部分にまでかかっていると認められるから、本件問題部分は、これまで報道機関が繰り返し報道してきた事実及びこれから合理的に推測されるところの事実をふまえ、これらの事実を簡潔にまとめて記載したものにすぎず、それ以上に新たな事実を付加し、これを具体的に摘示するものではないということができる。

原告は、コスモポリタンをめぐる事件が一〇年ほど前の事件であることに照らせば、本件問題部分を読んだ読者が原告に現在進行している別の疑惑があるかのような印象を受ける旨主張するが、事件の発生自体は平成八年三月ころの本誌発行から一〇年近く前のものであっても、コスモポリタン関係の事件は平成六年一〇月に衆議院において改めて取り上げられているし、同じ時期に原告とEの五〇〇〇万円授受の疑惑を新聞や週刊誌が取り上げている上、さらに、平成九年七月にも全国紙の新聞紙上において原告とKとの交流の存在について言及したと思われる記事が掲載されるなどしているのであるから、これらの事情の下では原告の右主張はその前提からして当たらない。

また確かに、原告が「捜査当局にマークされ」たことについては、報道機関が繰り返し報道してきたということを直接に示すような証拠が十分に存在するとはいえないものの(もっとも、一般に捜査に関する事実はその事柄の性質上直接に立証することは難しいということもいえる。)、通常暴力団との関係を有する者と国会議員との間に高額の金銭の授受を伴う接触があるとの報道が繰り返されるようなことがあれば、捜査機関がそれにつき何らかの注目をすることは当然に推測されるところであって、そうであれば、本件問題部分の中の「捜査当局にマークされ」の部分について、特に原告に対して何らかの名誉毀損性を有する新たな事実を摘示したものと評価することはできない。そもそも、本件問題部分の中に記載のある「特別な筋」「マーク」などの表現は一般的にそれ自体曖昧で多義的な表現であるため、一般的にこのような表現を用いた記述からは一義的に決定された具体的な意味内容を伴う印象を受けにくいということがいえるのであって、本件においても、本件問題部分の「捜査当局にマークされ」との表現から、特定の捜査機関が特定の犯罪の捜査に着手したとの印象や、原告の主張するような、原告にまつわる犯罪の嫌疑があるものとして原告が捜査機関から注目されているとまでの具体的かつ明確な印象が、本件記事の読者において直ちに生じるとは到底思われない。

(四)  以上認定説示してきたところを総合すれば、本件問題部分が本件記事の趣旨・目的に照らして適当な表現のみを用いた記述とはいえず、原告がそれに対し、幾何かの不快の念を抱くようなことがあったとしても、一般の読者の通常の注意と読み方を基準とした場合に、本件問題部分が、本件記事の主題に対する印象を離れて独自に本誌の読者に印象を与えることは相当に難しく、本件問題部分による原告の社会的評価の低下はそれがあったとしてもごく僅かなものにすぎないことは明らかである。本件記事は民主社会の根幹を支える政党と国会議員の活動を対象とする論評であり、このような論評表現の持つ名誉毀損性の有無の判断にあたってはその主題の強い公共性に十分配慮すべきであるという点をも考慮すれば、本件問題部分については、名誉毀損による不法行為は成立しないものと判断するのが相当である。

2  よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第六一条を適用して主文のとおり判断する。

(裁判長裁判官梶村太市 裁判官増森珠美 裁判官大寄久)

別紙〈省略〉

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